Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

    “留守居の暇に”
 



 人々に閉塞感を与え続けて君臨していた冬将軍もやっと去っての、待望の春の到来が実感出来るよな、陽光明るく、風も暖かな日和が続いた今日この頃だったものの。春先の天気は悪戯で移ろいやすく。野山や川辺に贅沢な練絹の帯を連ねし、艶やかの極み、満開の桜花へも、無情の雨は容赦なく降りそそぎ、せっかくの華やいだ気分へ水を差して下さったりし。
“しかも冷たい雨と来てはな。”
 この時期の雨は、暖かい気団の運び来る ぬるいものばかりとは限らないから厄介で。うっかりと春物の薄着なんぞで通していると、そのまま体を冷やしてしまい、こんな半端な時期に風邪だって拾いかねないのが“くせもの”で。昨日の一日中を降り潰し、久々の鬱陶しさで術師の癇癪玉さえ湿らせた雨自体は未明あたりに上がったものの、しっかりと寒気を拾ったらしく、鼻声になっていた瀬那をば寝床へ追い返し、家人たちにも温かい献立をと指示を出した上で、さて。

  “うう〜〜〜〜。”

 自分もどちらかと言えば、暑いのよりも寒いのに弱い方だったのを、今頃に思い出した、金髪痩躯のお館様。炭櫃を掻き回して火を多めに起こしはしたが、昨日のお湿りが多少は残っているものか、伊達にばかり広い広間はなかなか温もらず。陽が照らないせいだろか、薄暗い室内はそれだけで寒々しくて遣り切れない。
「………。」
 無論のこと、真冬に比べれば大した寒さじゃないのは明白。なのに、どうしてしのげない? 妻戸を閉め込むほどじゃあないが、なのに温かくならないなと感じてしまうのはどうして? 答えは簡単、
“退屈じゃねぇか、この野郎。”
 気が紛れる何かがあれば気にならない程度の寒気。だってのに、面白そうな書物もないわ、悪巧みのネタもないわ、話相手に誰もいないわでは、いくら知恵者のお館様とて退屈すぎて間が保たない。湿気が多いばかりの中途半端な生温かさが、却って癇に障ってしょうがなく、
“………。”
 親の敵のように炭を火箸で突々いての、しょむない八つ当たりなんぞで暇をつぶしていると、

  「…お。」

 庭先のどこかで、動いた気配があって。それでまずは“おや”とばかり、ちょっぴり退屈を持て余していたお館様の視線がさりげなく動いた。人付き合いの悪さから客は滅多に来ない屋敷で、しかも、蛭魔が結界を張ってもいるため、家人以外がこっそりと侵入するのははっきり言ってまず困難。その上で。奥向きに位置するこの広間や庭へと、迷いなく真っ直ぐ運ぶ者は限られており、
“戻って来たかの?”
 庫裏のある方から廻り回廊をやって来た気配ではなし、外から庭へ。となると、書生の坊やではありえない。それで、ついつい。視線だけでは収まらず、ついつい身を起こし、そのまま立ち上がって濡れ縁までを出てみた蛭魔だったりし。

  ――― いやその、だから。どうにも退屈だったから。

 ちょっと塒
ねぐらに用があってと言い残し、いつもなら昼頃に帰るのを朝一番に出てってしまった黒の侍従が、手際よく用向きを済ませて戻って来たかと思ったのだが。中央だけをからげてあった御簾、三間ほどの間口が空いていたところへ運んでみたけど、濡れ縁はおろか、庭のどこにも人影はなく。
「???」
 この自分が気配を読み違えたということか? いやいや、居るのを見過ごすことはあっても、居ないのに何か感じるなんてちょっと変。風の悪戯、鳥の羽ばたき、環境音に属すそんな小さな気配じゃあなかったような…と、もう一回ほど庭の隅々を見回せば、

  ――― かさり、と。

 冬の寒さと乾燥にさらされても、何の手当ても施さなかった、相変わらずの荒れ庭だったが。それでも自然の力の豊かなことで、ツツジやイヌツゲ、茅に芝、様々な茂みにも下生えにも春の緑が萌え出しての瑞々しさが、その勢力を広げつつあり。枯れ草と常緑種の芝とが入り乱れ、年寄りの白髪混じりの半白頭を思わせるような案配だったものが、今は結構青みを取り戻しつつあるそんな中、漆喰仕上げの塀の際に茂った雑草の株の中から、小さな陰が姿を現す。
「あ…。」
 露をかぶったか、小さな丸い頭をふるふるっと素早く振って見せた小さな存在。この庭にもしょっちゅう姿を見せている、あの白地に黒い模様の仔猫ではないか。
“なんだ…。”
 正体が判らないのも落ち着けなかったが、判れば判ったで気落ちが結構大きくて。いやいや、そんな。期待なんかしてないし、第一“期待”って何だよ、それ。帰って来たのかなって思っただけで、それが、当てが、外れただけで。そもそも独りで過ごすのなんて、別に苦なんかじゃないんだし。気を澄ませば何だって聞こえるし、何だって見えても来る。その気になりゃあ、念を飛ばして宮中の中だって覗けるし。まま、あんなところを覗いても詰まらないから やんねぇけど。毎日毎日、何やかやでバタバタどたどたと賑やかなばっかでよ。いっそ、せいせいすらぁ。ぼんやりしてよか、いっそ寝てよっか。宵には雲も晴れようからな。朧月を肴に夜更かしするには丁度いいかも。
「……………。」
 取り留めなく巡らせている思考がいつまでも取り留めないままなのは、その視線がついつい、庭をゆっくりと横切っている仔猫の行動を追ってしまっているからで。広間への口を開けっ放しの濡れ縁辺りは少々寒かったが、それまでの退屈に戻るよりかはと思ったか、そこに腰を据え、とたりと座り込む蛭魔であり。薄くなった玉砂利の上、軽いからだろう、何の音もさせないで、仔猫はゆっくりゆっくりこっちへとやって来る。
「何だよ、挨拶か?」
 さすがに二年仔だからか、動作に寸足らずなちょこまかしたところは見えない。真っ直ぐ来るかと思ったところが、途中でひたりと足を止め、黒い毛並みに覆われた耳をひくひくと震わせて、何をか探している模様。結構近づいたのに黒々としか見えぬ、潤んだ大きな瞳がなかなか印象的な仔で、
「なんか探しもんか?」
 時折セナが、自分のおやつだの庫裏で出た残り物だの与えていたようだったから、彼を探しているのだろうか。何かを探しているような素振りは首を巡らせ、辺りを見回すそれへまで発展し。だが、お〜いと視線を遣っているこちらには一瞥もくれないのが、
「いい度胸だよな、おい。」
 この俺様を堂々とシカトかよと眉根を上げて、仔猫相手にちょっとムッと来たらしいです、お館様。
(苦笑) 何度か辺りを見回してから、腰を下ろしまでして…しばらくはそこに居続けた仔猫だったが。やっぱり目当ての何かは見つからなかったのか。ひょこりと腰を上げると、もう一度だけ風の中、鼻先を掲げるようにして様子を伺い…。
「お…?」
 不意に。今まで、ともすれば故意に避けてたんじゃないかと思ったくらいに、こっちを全く向かなかった彼が、流れるような所作にてその瞳を真っ直ぐにこちらへと向けた。
「はい?」
 いやいや、相手は猫だから。言葉は通じませんし、第一“俺様”に挨拶なしとはいい度胸なと、さっきまで小腹立ててた小者でしょうに。何をまた…気圧
けおされたかのように、ちょっとばかり姿勢が後ずさっているお館様なのだか。彼にそうさせたほど、揺るがぬ真摯さにての照準をひたりと合わせての、風にもそよがぬ一直線の凝視を向けて来た、小さな小さな侵入者くんは。次の瞬間、後足にバネをためると一気に………。






  「だ〜〜〜っ! 降りろ、いやさ出て来ないかっ、この野郎がっ!」

 礼儀とか何とかいうよりも、いきなり飛び込むと余計な緊張を張らせるのでと。いつもまずは塀の間際や庭への枝折戸の前にて姿を現すのが、ここを訪れるときの定石で。そんな手順で戻ったその矢先。真っ先に叩きつけられたのがこの大声だったので、
「蛭魔っ?!」
 そこは最優先されるものへの反射が働いて。何事かと、軽い戦闘態勢に意識を切り替えながら、いつもの荒庭へと葉柱が飛び込めば。今朝の出掛けに見たそのまんま、何も変わってはいない情景が、まずは視野に飛び込んで来、そして。
「………何をやっとる。」
 今丁度、濡れ縁に立ち上がったばかりな当家の主人が、単
ひとえの上へと羽織っていた衣紋の裾をはたはたと振るっており。前の合わせを持って肩のところを緩めてくつろげると、途端に…何かが足元へ落ちて来て。
「にゃ〜〜〜っ。」
「だ〜〜〜っ、懐くなっ。」
 振り落とされても懲りないで。小さな猫が蛭魔に、いやさ、彼が一番上へと羽織っていた黒い狩衣へとじゃれかかる。ぴょいっと裾へ飛びついて、果敢にもよじ登って来るのを、背後に重みで感知したものの、肩越しで覗いただけでは遠くて見つけられず。やっぱり“このこのっ”と着物を揺さぶって落とそうと躍起になっているのが、

  “………面白いから、しばらく見てようか。”

 助けにか制止させにか勢い込んで飛び込んで来たはずの蜥蜴の総帥殿に、そんなお茶目な判断を思いつかせたほど、珍しいやら興味深いやら。怖い者知らずなその上に、身の軽い仔猫は臆しもしないで、落とされかかるのも何のそのと、幼い爪で狩衣にしがみついて蛭魔にじゃれついており。蛭魔は蛭魔で、日頃の取り澄ました様子は今や微塵も残ってはおらず。強引に蹴り落とすのはさすがに可哀想だを2とでも思ってか、
“いやいや…あれはそこまで気が回らんのだろうよ。”
 そうですかね、やっぱり。
(笑) 毛虫を嫌がる娘さんほどの、心からの嫌悪では無さそうな。猫が苦手というよりも、まとわりつかれるのが嫌だと振り払っているような。そんな、素振り…というかちょいと一暴れという様であり。そんな二人(?)の格闘は、
「…にゃっ?」
 とうとう振り落とされた仔猫が、それでもさすがの平衡感覚で、足から“とたん”と濡れ縁に降り立ったその拍子。何に気づいて…集中力を途切らせ、攻撃対象を素早く切り変えて。それをやっぱり素早く嗅ぎ取った金髪痩躯の術師もまた、同じ“対象”へと目がけ、まといし衣紋を大きくひるがえし、濡れ縁を思い切り駆け降りて真っ直ぐ突進して来たのとで、あっさりと幕を下ろしたのであった。

  「えっ? えっ? 何なになになに? ………ぐぇえぇぇっ!!」

 だから、お師様。いくら屈強精悍、鍛えに鍛えた巌のような御身をしておいでの葉柱さんが相手であれ、心の準備がない人への“ウエスタン・ラリアット”は超危険なんで、ご法度ですったら。
(笑)






            ◇



 おかげさまで、朝方にぶるるっと感じた悪寒も、半日ほど温かくしていたら収まりましたと。進さんからの診立てという“お墨付き”ももらった上で、お館様へのご報告にと広間までを とてとてと運んだセナくん。
「………葉柱さん、お風邪ですか?」
 晩は周囲にぐるりと立て回してある几帳を、それだと暗いからと少し退けた寝間にて。首回りに薬草を塗った布を貼られた黒の侍従殿が、綿入れ布団の上で横になっているのへ、そんなお声をかけている。傍らでは、せいぜい暴れたことと構ってくれる人が戻って来たこととで気が済んだのか。大猫仔猫が二人…もとえ、一人と一匹。片やは、最初に狙った誰かさんの匂いがする狩衣が、無造作に脱ぎ捨てられたその上へ、小さく丸くなっており。もう片やはといえば、
「なに、大事はないから心配はするな。」
 本人に代わっての弁明をするのも、妙に楽しそうな鼻歌交じり。寝間のすぐ傍らに四角く座って、額にこぼれた髪など払ってやりの、声が出ぬのへ口元へ耳を寄せて見せのという、珍しいほどの手厚い構いようだったりし。

  「…お前な。」
  「何だ? 水か? みかんもあるぞ?」
  「……………。」

 珍妙な組み合わせによる諍いの、どうやら原因は自分…の残り香であったらしいこと。全く全然気がついてない葉柱としては、妙に機嫌がいい蛭魔なことへもその理由が断じかね、
“…こりゃ逆らわん方がいいらしい。”
 あっさりと思考を放棄して、何にも言わぬままに眸を閉じる。これといって何ということも起きなかった、ごくごく普通のいつものお屋敷の一日が、今日もまたこうやって、無難に過ぎてゆくのでございます。




  〜Fine〜  06.04.05.


  *相変わらずな あばら家屋敷での、
   いつぞやの“日向ぼっこ”の後日談、お館様Ver.でございましたvv
   総帥様は小動物に人気があるといいです。
   猫とか犬とか、小鳥とか、
   特に呼んでもあやしてもない内から、
   向こうから寄って来るほど懐かれちゃうと楽しいです。
   でもって、油断すると
   大物からは餌にされかねないのでご用心な訳ですが。
(おいおい)


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